
こんにちは、粟谷裕子です。 私は将来『コーチングをベースとした、関わる全ての人が自分らしく物心両面の豊かさを手に入れる、介護&保育&育自のコミュニティ施設』作りを目指しています。
人は人の中で学びます。私は、小さい子からお年寄りが一緒に過ごすことは、とても大きな財産になると考えています。 みんなが、コーチングで自立した人生をつくりあげるマインドを持った時、社会貢献につながる種になるでしょう。また、福祉や介護へのボランティア意識も払拭する、ビジネスモデルを作りたいと思っています。その為に、多くの方の応援をいただきながら、プロコーチとして自分磨きをしています。
粟谷 裕子 1963年1月10日 愛知県生まれ (財)生涯学習開発財団認定コーチ コーチングバンク登録コーチ
◆高校時代 スポーツに熱中&リーダー的役割を担う
クラスでは副委員に決められ、部活では先輩から技術より人間性を評価され、テニス部キャプテンを任命される。
◆化粧品販売時代
大手鉄鋼会社に入社。ニキビ肌のトラブルを解消したノエビア化粧品との出会いから独立に目覚め、一次代理店昇格(全国大会7位入賞)と同時に独立するが・・・・・
◆介護に興味を持ち始める
1984年 母が42歳でクモ膜下出血で倒れ、2ヶ月付き添う。お客様のリピートのおかげで経済的な不安はなく、ありがたさを痛感する。
患者さんに付き添う人たちと関わりながら、付き添いの仕事(今はない)にやりがいを感じる。
◆人生の絶頂期とどん底の間
傘下の代理店も120店舗超えに拡大し、昇格を目指す子も出てきて、育成の難しさ楽しさを経験。『自分を追い込めば、良い行動が出来て、結果がついてくる。プレッシャーをバネにしなきゃ!』と上の人に言われ、不安に思いながらも流されてしまい、分不相応な外車を買ったり、運転資金(1000万)を借入。プレッシャーに潰され、モチベーションは下がり、返済に追われ、行動は止り、悪循環のスパイラルにどっぷりはまる日々。
◆まだマイナスは続く・・・
1988年11月27日、最愛の弟が交通事故で即死。
生まれて初めての、深い怒り・悲しみ・無気力・焦燥感・・・を味わう。
私以上に辛い想いをしている両親を元気づけ守ろうと、夫の支え(この時はまだ彼氏)と時間のおかげで、少しずつ前向きに。
◆異業種転職は、なんとパチンコ屋店長 集客の成功
業界では珍しい女性店長に就任。休日稼働率95%以上の実績をキープし、今でも当時のお客様に『帰って来て!』と言われる。
2001年店長職を拝命。店舗の雰囲気作りやイベント企画、部下の育成や勤務管理、チラシの作成、採用、売上管理、接客、機械修理、釘調整、機械調整等あらゆる仕事をこなす。(コンセプト:かゆいところに手が届く、思いやりがいっぱいのお店)
集客にも成功し、休日は稼働率95%以上キープの実績あり。
◆専業主婦⇒派遣社員時代
大手ガラスメーカーへ就職。
◆コーチングに興味を持つ
2006年父が脳梗塞で倒れ、軽い認知症と診断される。
介護施設の質の格差に疑問を持つ。自分達の老後に不安を感じ、これからの人生を考える。一生続けられて、今までの経験が活かせて、やりがいのある仕事を探し、コーチングと出会う。コーチングを学びながら、コーチについてもらう事により、いままでの辛い経験がすべて意味のある事に気づく。すべての事がつながり、私のミッションを受取る。ビジョンを明確にすることで、生きがいやりがいを感じながら、好きな事を仕事にする。
◆2009年プロコーチとして独立
将来は、【介護&保育&育自】の施設を作っていきたい。